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彼女の姉【官能レベル】★☆☆☆☆

ハラハラドキドキ

 元ネタはこちら → https://youtu.be/czMIOM6c5bk

彼女の姉  作:amu

 彼女の言うことは本当だった。あの人は蜘蛛だ。しかも、毒蜘蛛。俺のこれからの人生、どうなってしまうのだろう。

 俺は治。32歳だ。

 今日は朝から緊張していた。本音を言うなら、昨晩、いや一週間も前から悩みに悩んでいた。悩みが緊張となり、頭はそのことで支配される。

「危ない!」

 隣から声が聞こえて俺は慌ててブレーキをかける。赤信号で停止している車に危うく突っ込むところだった。

「ちょっと挨拶前に事故なんて、不謹慎だからやめてよね」

「す、すまん」

 今日俺は彼女である小百合の実家に行き、両親にご挨拶をするのだ。俺の悩みとはつまり両親へのご挨拶だった。

 彼女の実家を訪れたことがないため、初対面である。初訪問で結婚のご挨拶をする予定でいる。緊張しないわけがない。

 会社で同僚に相談してみたが、

「お義父さん、娘さんを僕にください」

 と古風な挨拶を教えられ、役に立たなかった。

 車を走らせていると、閑静な住宅街に入り、道が狭く迷路のようなところに出た。慣れない道で本当に事故を起こしかねないと別の緊張が襲ってきて、小百合の両親へのご挨拶のことを忘れた。

 家に着いたら、小百合の両親が二人揃って温かく出迎えてくれた。

「治と申します。よろしくお願いします」

「あら、礼儀正しい人じゃない」

 義母が手を合わせて喜んでいる。

「小百合もいい人を見つけたな」

 義父も俺を褒めてくれた。

 俺は良い気になって、淹れてもらったお茶を啜った。

「ねえ、小百合のカレシ来てるの?」

 気の強そうな女性の声が聞こえた。小百合が姉だと耳打ちする。

「こんにちは」

 客間に現れた小百合の姉の顔を見た瞬間、俺はお茶を吹き出した。

「ちょっと何をやっているのよ」

 小百合が布巾で溢れたお茶を拭う。俺は自分の服を拭うべきだったが、そんな余裕はなかった。

 綺麗な丸顔だけれど、決して太っている訳ではなく愛嬌のある童顔。目もまん丸で、鼻は小さい。可愛い系のインパクトのある顔をしたこの人を忘れる訳がない。

「は、初めまして」

 俺は気づかれないように小百合の姉に挨拶をした。あなたとは初めて会いました。よろしくお願いします。

 しかし、明らかに向こうは俺のことを覚えている。その証拠にまん丸な目を更に丸くして驚いている。

「ふーん」

 相手は俺の真意に気づいたのか、つまらなそうに俺を一瞥すると客間を出ていった。

「小雪はもう34歳になるのに落ち着かない子で。すみません」

「いえ、謝らないでください。きっと俺みたいに緊張していたんですよ」

 義母を安心させるように俺は笑顔でその場を和ませた。

 あの人の本名は小雪というのか。だから、源氏名がみゆきだった訳だな。

 みゆき、いや、小雪さんは俺の初体験の相手だ。

 約10年前。当時付き合っていた彼女と交渉をしたかったが、やり方が分からなかった。だから、プロに教えてもらった方が早いだろうと、勇気を出して大人の店に行った。そこで出会ったのがみゆきで、緊張してガチガチだった俺に優しく交渉の仕方を教えてくれた。

「これで彼女さんと上手く行けばいいですね」

 店を出るとき、笑顔で見送ってくれた。

 まさか10年経って、一夜限りの相手と再会するとは思わなかった。しかも、最悪な状況で。

「小雪さんは何をしている人なんだ?」

 小百合にこっそり聞いてみた。

「何? お姉ちゃんに興味持ったの? 止めておいた方がいいよ」

 教えてくれなかった。

 その日の夜は俺の歓迎会として豪勢な料理が出てきて、お酒が進んだ。

 泊まりの予定なので車を運転することもない。思う存分酒を浴びる。

「おーのんでるねー」

 若干呂律の怪しい小雪さんが俺の隣に座る。小百合は今、義母の手伝いで台所にいる。目の前にはもう酔いつぶれて寝てしまった義父がいた。

 この空間には小雪さんと俺しかいないようなものだ。だからか、小雪さんは口を開いた。

「いや、まさかあたしの過去を知っている人物が妹の旦那になるとは思わなかったよ」

「まだ結婚の許しを得ていないので旦那じゃないですよ」

「じゃあ、まだフリー」

 いきなり目の前が暗くなったと思ったら、唇にむにっと柔らかな感触が当たった。息ができない。

 小雪さんが俺にキスをしているのを理解する頃には舌が入ってきていて、俺は思わず舌を噛んだ。小雪さんが舌をべーと出しながら顔を放す。

「いった。ディープキスするときに舌を噛む癖、直ってないの?」

 10年前も確かに初ディープキスで小雪さんの舌を噛んだ。一回きりの客だったのに、俺を覚えているなんて、凄い記憶力だなと感心した。

「もう一回、キスの仕方教えた方がいいかな?」

 そう言って、また俺の唇を奪ってきた。あまりの素早さに頭がついていかない。理解したときには無意識のうちに小雪さんの唇を味わっている。荒い息と衣擦れの音だけが客間に響く。

 酔っているため、正常な判断ができなかった。ただ小雪さんは美味しいという感覚だけが残る。

「おねえちゃーん」

 遠くから小百合の声がして、俺は我に返った。

 さっと顔を離した瞬間に小百合が部屋に入ってきた。

「もうお姉ちゃん、さっきから呼んでるのに」

「何?」

 小雪さんはむっとした表情で妹の小言を聞く。丸顔が更に丸くなったようで可愛いと思ってしまった。

「治はお酒の飲みすぎ」

「はい!」

 小百合に怒られ正座になった。

「もう酒癖悪いんだから気を付けてよね」

 俺にブツブツと文句を言ってまた台所に戻ってしまった。

「妹の尻に敷かれる未来しか見えないわね」

 小雪さんが顔を寄せて笑う。近い。

「付き合い始めてからもうずっと尻に敷かれてます」

「あら惚気」

 意地悪をする子供のような笑いをして、小雪さんは顔を離した。目の奥には激しい炎のようなものが見える。

「いやー、妹も結婚かー」

「失礼ですが、ご結婚は?」

 小雪さんは首を横に振る。

「別れた。去年」

「そうですか」

 今、彼女はフリーなのか。そんなことを考える自分がいて戸惑った。

「そうそう、小百合にはちゃんと黙っておくから。あたしが治くんの初めての女だってこと」

 思わず床で寝ているであろう義父の様子を窺う。寝ていて聞いてない。安心した。

「大丈夫。あなたの秘密はあたしの秘密でもあるの」

「どうしてですか?」

「そういうお店で働いてたの、両親も知らないの」

 合点がいった。お互い不利益になる秘密を抱えているということだ。

「なんかドキドキするね」

 俺の心臓もドキドキとしていたところだ。シンパシーを感じた。

「治。お風呂入って」

 遠くから聞こえる小百合の声だけが俺の理性を保ってくれていた。

 お風呂に入っていたら、脱衣所に誰かいるのが見える。風呂場の扉が曇りガラスなのだ。小百合でもいるのだろうか。

「治くん」

 この声は小雪さんだ。大分酔いが醒めたようである。

「背中流してあげようか?」

 いや、まだ酔っているに違いない。常識的に考えて妹の婚約者の風呂場に入ってこないからだ。しかし、親に内緒で大人の店でお金を稼いだり、いきなりキスをしてくるような奔放な彼女である。素面でやっていてもおかしくない。

「ちょっとお姉ちゃん、何やってんの」

「えー、治くんの背中を流そうとしただけなのに」

「そういうのいいから!」

 姉妹の言い争いが聞こえる。先ほども思ったが、気の強い者同士でも妹の小百合の方が力関係が上なのだ。また小言を言われて、小雪さんはしょんぼりしたような声で返事をしている。

 小雪さんが脱衣所から出ていくと、少し彼女に同情した。小百合の容赦のなさは俺もよく分かっている。

「治。騙されたらダメだよ」

 急にお風呂場の扉が開いた。

「な、何にだよ」

「お姉ちゃんは蜘蛛だからね」

 姉を蜘蛛呼ばわりとはどんな家庭なのだろう。蜘蛛とはどういう意味だろう。質問をしようと扉の方を見るともう小百合はいなかった。

 布団に入る。部屋はお客様専用の寝室をあてがわれた。いつもはダブルベッドで小百合と共に寝ているので久しぶりの一人の夜だ。

 小百合の温もりがなくて寂しい。小百合は自分の部屋でスヤスヤと寝ていることだろう。

 寝られなくて布団の中でゴロゴロしていたら、部屋の扉が開く気配がした。

「小百合?」

 彼女も俺同様寂しくなって一緒に寝に来たのだろうか。

 俺の布団に足の方から入る。もぞもぞと上がってきて顔が現れる。小雪さんだった。

「小百合じゃなくて残念でした」

 驚きで声が出ない俺をケラケラと笑った。

「小雪さん。何をしているのか分かっているんですか?」

「うん」

 頭が痛くなった。先ほどのしょんぼりした小雪さんはどこに行ったのだろう。

「布団から出てください」

「ふふ、あたしがそんなことする訳ないじゃない」

 童顔だと思っていた顔がオンナの顔になる。これは食われると思った。

 そこで小百合の言葉を思い出す。小雪さんは蜘蛛。もしかして、網にかかった獲物を逃がさないということか。

 理解したときには俺はもう小雪さんに食われていた。

「おとうさん。娘さんを僕にください」

「あなたのような誠実な方になら、小百合を任せられます。よろしくお願いします」

 翌日の結婚のご挨拶は結局、同僚の言葉が採用された。理由はご挨拶のことをすっかり忘れていたからである。

 しかし、小百合のご両親は良かったと言って涙を流していた。

 俺はひとまず肩の荷をおろす。

 小百合の実家を発つとき、小雪さんは見送りには来てくれなかった。

 車で走行してしばらく経つと、小百合がこちらを見ないで言った。

「昨晩はお楽しみだったようで」

 危うく急ブレーキをしそうになった。何故それを知っている。

「お姉ちゃんの性格知らないでしょ。今朝、私の耳元で自慢してきたよ」

 このままだと共有している秘密もバレかねない。俺は苦し紛れに口笛を吹きながら適当に車を走らせていたら、住宅街の中で迷子になった。これからの人生を表しているようであった。

むふふ画像

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