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上司の妻 作:amu
俺は榊原紀彦。35歳でバリバリ働いているサラリーマンだ。
金融業で、会社から評価されこの夏ボーナスが上がった。
妻にそのことを報告すると、
「じゃあ、どこか旅に出たいわね」
と言われた。
「それもいいな。どこか温泉でゆっくりしてさ」
「いいわね!」
妻は楽しそうに、旅行の計画を立てる。
7月の3連休が間近に迫り、飲み会が開かれることになった。これは毎年恒例のイベントだ。
俺は上司の隣に座り、瓶ビールの酌をしていた。
「今年の休みは、どこかに行かれるんですか?」
何気なく聞くと、「ああ」と少し詰まったような返事をした。
「どうしたんです? 家庭が上手くいっていないとか」
上司は俺より5歳上の40歳だが、奥さんは若く、32歳くらいだったと思う。
歳の差の夫婦だから、話題が分からないとか、そんな悩みだと思っていた。しかし、
「榊原」
上司は改まって俺の名前を小さく呼んだ。周りに聞かれたくない話らしい。顔を近づけると、上司の口からはアルコールの匂いがした。
「妻を抱いてやって欲しい」
え? と俺は聞き返す。
「妻を満足してやって欲しい」
そこから上司は堰を切るように話し始めた。
なんでも上司はEDで、妻を満足させてあげられないらしい。その鬱憤が溜まっているのか、夫婦の仲も上手くいっていないらしい。
だから、その妻を喜ばせてあげたいから、俺に抱いて欲しいという。
「それは、俺が、奥さんと男女の仲になってもいいということですか?」
「やむをえんだろう」
上司は強く頷いて、ビールのグラスを煽った。
俺は逆にビールが喉を通らなかった。
家に帰ると、妻の奏がやってきてスマホを見せた。
「今度の旅行、菫さんたちもついていきたいって」
菫とは、上司の奥さんのことである。今日、その話題が出たばかりだったので、俺は少し狼狽えた。
「あ、ああ。そうなのか」
「いいかしら?」
「先方が良ければ」
駄目だとは言えなかった。理由はいくらでも作れるのに、拒否しなかったのは、まだ上司の奥さんとそういう関係になるという実感が湧いていなかったからだ。
「楽しみね、旅行」
妻はうきうきとしている。何も知らない妻から目を逸らすように、そそくさとシャワーを浴びた。
妻が寝ているベッドに入ると、
「ねえ、しよう?」
妻がこちらにすり寄ってきた。
「あ、ああ」
俺は上司の奥さんのことで頭がいっぱいだったので、特に考えもせずに返事をしてしまった。
「あー、また悩み事? あなたは悩みやすい性格なんだから、悩んじゃ駄目」
「なんだそれ」
思わずふっと力が抜ける。考えすぎで、体に力が入っていたようだ。
「久しぶりにするか」
「やった!」
妻は無邪気に喜んでいる。雰囲気も何もあったものじゃないが、この無邪気さが妻なのだ。
俺の仕事が忙しくて、俺たち夫婦もだいぶご無沙汰だった。だから、久しぶりに妻を抱き、女の肌の温もりに癒された。
旅行当日、俺たち夫婦と、上司の夫婦で集まって、車で温泉旅館に行くことになった。俺が運転をして、助手席に妻が乗り、後ろに上司夫婦が座っている。
「気を付けて運転してね」
「ああ、いつも運転しているから大丈夫だよ」
きつい山道を走る。
車内は女性たちの会話で華が咲いている。
妻はおしゃべりなので、上司の奥さんは小さく相槌を打っていた。会話というより、妻の独壇場だった。
上司の奥さんである菫さんは、その名前のごとく、花のように儚い印象を受ける人だった。線が細く、顔もシャープで、でも目は猫のように大きかった。均整が取れていて、はっきり言って美しい顔立ちだ。丸顔で童顔の妻とは正反対で、どちらが年上か分からないほどだった。
休憩でトイレに立ち寄ったとき、菫さんに話しかけた。
「うちの妻、うるさいでしょう。すみません」
「いいえ。奏さんのお話は面白いですし、気にすることないですよ」
彼女はニコリと笑う。その笑いには花のような健気さを感じて俺はどきりとした。
「あ、はは。そうですか。では、もう少し妻に付き合ってもらえますか?」
「はい」
俺と菫さんは話しながら車に戻る。
いよいよ、温泉旅館に到着だ。奮発しただけあって、赤色が目立つ、豪奢な旅館だった。
俺たち夫婦は楓の間へ、上司夫婦は菫の間へ。
「あら、菫さんのために、菫の間にしてくれたのかしら? 気遣いのいい旅館ね」
「本当だな。これならサービスも望めそうだな」
「お風呂見てこようかしら。菫さんもいかが?」
「私は、部屋で荷ほどきをしないといけないので」
妻は一人で温泉を見に行った。
菫さんは俺に用事があるのか、こちらの部屋に顔を覗かせる。
「何か?」
「あの、うちの夫が余計なことを言って、すみませんでした」
余計なこととは、菫さんと俺が男女の仲になるということか。
「本気だと思っていませんから」
俺は笑って答えたが、菫さんはそうは思っていないらしい。
「私は本気です」
菫さんはそれだけ言って、自分の部屋へ戻っていく。
俺は頭を抱えた。彼女を抱くチャンスと言えば、今日しかないじゃないか。しかし、一体どこで?
「凄いわ、ここのお風呂。今の時代、混浴があるの!」
「混浴か。危ないから、あまり行くなよ」
「どうして?」
キョトンとする妻に、犯罪に巻き込まれる可能性があるからだよと教えておいた。本当に無邪気で、無防備だ。
温泉に浸かりに行こうとすると、上司夫婦とばったり会った。
「じゃあ、菫さんと一緒に入ってくるから、男性は男性同士、ごゆっくりー」
菫さんの手を取って、女湯の暖簾をくぐる妻。
「すみません。もしかして、混浴にふたり入る予定でしたかね?」
「いや、お前と話をしたかったから、気にするな」
俺は上司と並んで、温泉に浸かる。ここの効能は肩こりと腰痛、頭痛らしい。
効能とこの温泉の歴史を読んでいた俺を上司が呼んだ。
「榊原、今夜は分かっているだろうな?」
「理解はしています。しかし、どこでするんです?」
「俺たちの部屋を使え。俺は温泉に浸かりに来るから、そのときに合図をしよう」
俺は緊張で一気に体内の血管が巡るのが分かった。のぼせないように、湯船から上がる。
「分かりました」
俺は覚悟を決めた。
鏡の前に立ち、真っ赤になった顔を見る。しっかりしろ、俺。パンッと叩いたら、余計に赤くなった。
夕飯は地元の食材をふんだんに使ったジビエ料理だった。しかし、意外にも食べやすく、酒が進む。妻も久しぶりの飲酒にフラフラになりながら、楽しそうに俺に話しかけている。俺は、相槌を打っては、お猪口を空にしている。
「はあ、お腹いっぱい。私寝るわ」
妻は酒が入るとすぐに寝る体質なので、例に漏れず布団に入った。
俺は途端に暇になった。上司からのサインがいつあるのか分からない。
現在の時刻は21時だ。
風呂でも入るか。ここは温泉旅館なんだし、俺はもう一度、温泉に入ることにした。
女湯と男湯の真ん中に混浴がある。俺は、たまには混浴もいいだろうと思って入った。
中に入ってみると、誰もいないらしい。
なんだ、つまらんと思いながら、体を流す。
「きゃ」
小さく悲鳴が聞こえた。その声には聞き覚えがある。
「菫さん?」
「は、はい……」
湯気で見えない中、お互いの声だけが聞こえる。
「入られていたんですね」
「はい。あのお背中でも流しましょうか?」
彼女にしては大胆なお誘いだ。しかし、断るのも申し訳なかったので、お願いすることにした。
スポンジがないので、背中を流すために彼女は自分の手で泡立てて、そっと俺の体の上に泡を置いた。
「あまり、ゴシゴシできないと思うのですけれど」
「全然。流せればいいので」
彼女は遠慮がちに手を動かし出す。縦に手を動かしていくのかと思ったら、不規則に手を動かす。その動きは艶めかしく、ゾクゾクと背中に電流が走る。
「どうですか?」
「ええ、もういいですよ。ありがとうございます」
そう言ったが、彼女は太ももを撫でてきた。そして俺のモノをギュッと掴まれた。
「ちょ、ちょっと」
「あら、おっきくてかたい…」
俺は焦って、彼女の腕を掴んだ。彼女の腕は細くて、力を入れたらすぐに折れてしまいそうだ。
慌てて手を放した。
「ふふ、ごめんなさい。楽しみね」
いつもの彼女と笑い方が異なり、儚い印象がなくなって、大人の女性の表情になっている。俺はひゅっと喉を鳴らした。
食べられそうだ。
そのとき、家族連れが入ってきて、俺たちの危うい雰囲気は霧消した。
びっくりした。菫さんはあんな表情もできるんだな。というより、相当、溜まっているんだろうなと思った。
温泉から戻ったら、相変わらず妻は寝ていた。
扉が小さく叩かれた。上司だ。
「よろしく頼んだぞ」
上司は温泉の方向へ歩いて行った。
俺は妻の寝顔を見て、小さく謝った。
緊張で鼓動がドクンドクンとうるさい。
菫の間に来ると、コツコツと小さくノックをする。
「どうぞ」
小さくくぐもった声が返ってくる。
俺は素早く中へ入ると、彼女と見つめ合う。
何を言えばいいか分からなかった。
「そこへ立っているのもなんですから、お茶でもいかがですか?」
「え、ああ。はい、いただきます」
緊張で喉がカラカラだった。出されたお茶を一気飲みすると、段々と心も落ち着いてきた。
「あなたがこんなことをお願いしたんですか?」
「いいえ、夫が私に提案しました」
「何故、俺だったんですか?」
彼女は不意にふふっと笑う。
「だって、榊原さん素敵なんですもの」
彼女は俺の首に手を回して引っ張り、布団の上に雪崩れた。
そのとき、彼女の浴衣から見えた。膨らみの先に美味しそうな果実が。
どくんどくん。また鼓動がうるさくなってきた。心臓に彼女が顔を近づけてきて、
「もっと落ち着いて」
そう言って、俺のをゆっくりと撫でまわした。
そこから2時間彼女に吸い尽くされた。
翌朝、妻が起きてうーんと伸びをする。
「お風呂いかない? 混浴!」
妻は無邪気にはしゃいでいる。
「ああ、行くか……」
俺は、大分げっそりとしていた。菫さんはモンスターだった。上司も彼女を気遣うはずである。
腰を使いすぎて痛い。
「よく眠れなかったの?」
「ああ、枕が違うとちょっとな」
やっぱり神経質なのね、と妻は言って温泉へ行く準備をしている。
妻と俺以外、混浴は誰もいなかった。
そこには昨日気付かなかった効能の看板があった。
腰痛に効くという文字に思わず彼女の激しさを思い出して、笑みがこぼれた。
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